2010年ルツ記第2講

御言葉:ルツ記2-3章

要 節:ルツ記3:13

買い戻しの者


 先週、私たちは神様の導きを学びました。人間の目で見れば、全く不幸なのに神様のお目にはそうではない、むしろ神様のご計画の下で導かれる御業であることがわかりました。ナオミの人生とモアブ女性であるルツの人生、それが、神様の導きが表れた代表的な例だと思います。

 今週は神様を信じるものが持つべき姿勢について学びたいと思います。またナオミの親族、ボアズのことを通して「取り戻し」について深く考える時間を持ちたいと思います。


Part 1.落ち穂を拾うルツ

 二人のやもめがいます。年寄りのやもめ、ナオミと若いやもめ、ルツです。やもめ、二人が暮らしを立てる方法は、落ち穂を拾うことしかありませんでした。モーセの律法には、次のように書いてあります。「あなたがたの土地の収穫を刈り入れるときは、畑の隅々まで刈ってはならない。あなたの収穫の落ち穂を集めてはならない。またあなたのぶどう畑の実を取り尽くしてはならない。あなたのぶどう畑の落ちた実を集めてはならない。貧しい者と在留異国人のために、それらを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。」(レビ19:9、10)神様は貧しい人と在留異邦人たちが暮らしを立てる道を開いておられました。

 ルツはしゅうとめナオミに言いました。「どうぞ、畑に行かせてください。私に親切にしてくださる方のあとについて落ち穂を拾い集めたいのです。」落ち穂を拾って生きようとしました。以前、ルツはモアブで落ち穂を拾うほど、貧しくなかったと思われます。姫様のようではないけで、夫もいましたから、普通の家庭で専業主婦として生きてきたと思います。だが、しゅうとめに従おうと決断してから落ち穂を拾わざるを得なくなったのです。もし過去に執着すれば、例えば、今の現実を認められなく、受け入れなかったら、落ち穂を拾うことは出来なかったでしょう。自分の人生は星のせいでこのようになった、あるいはいい月日に生まれなかったせいで、このようになったと嘆きながら、泣くのがルツの仕事になったかもしれません。しかしツルが真面目に生きようと、自分に与えられた状況で最善を尽くすと思いました。しゅうとめを養おうとしながら、若い自分が畑にいった落ち穂を拾おうとしました。神様はこのように自分に与えられた状況を受け入れ、最善を尽くす者を祝福してくれます。祝福の道で導いてくださいます。


 3節をご覧ください。「ルツは出かけて行って、刈る人たちのあとについて、畑で落ち穂を拾い集めたが、それは、はからずもエリメレクの一族に属するボアズの畑のうちであった。」ボアズはエリメレクの一族に属する有力者でした。ルツがボアズの畑で落ち穂を拾っているその時、ボアズがベツレヘムからやって来て、刈る状況を見ていました。ボアズに自分の畑で落ち穂を拾っている見知らぬ女の子を見て、刈る者たちの世話をしている若者に聞きます。「これはだれの娘か。」若者は答えます。「あれは、ナオミといっしょにモアブの野から帰って来たモアブの娘です。彼女は、『どうぞ、刈る人たちのあとについて、束の間で、落ち穂を拾い集めさせてください。』と言い、ここに来て、朝から今まで家で休みもせず、ずっと立ち働いています。」若者の答えを聞いたボアズはルツのために色々なことを配慮してくれました。その配慮を受けたルツは言います。「私が外国人であるのを知りながら、どうして親切にしてくださるのですか。」(10)ボアズの言葉から、ルツの人柄と信仰が分かります。11節をご覧ください。「あなたの夫がなくなってから、あなたがしゅうとめにしたこと、それにあなたの父母や生まれた国を離れて、これまで知らなかった民のところに来たことについて、私はすっかり話を聞いています。」


 人の行動は神様が見守っていると信じます。同様に、人の行動はうわさで伝えられます。良かろうと悪かろうと、人は評価され、他人に知らせます。ルツの選択、ルツの真実さ、ルツの信仰もすでにベツレヘムの人々に知られました。やもめになっても、一人になったしゅうとめを棄てなかったこと、しゅうとめに従って、しゅうとめナオミの民を自分の民に、ナオミの神を自分の神にしたことをベツレヘムの人々は知っていたのです。

 私たちがルツの場合を見ながら、自分の行動に気を付かなければならないと思います。私たちの行動が、神様だけでなく、人々にも伝えられます。例えば、私たちの怠けや偽りなどを隠すことはできません。逆に、私たちが神様の前で、真実であれば、それは神様だけではなく、人にも知らせられ、人々にも評価されます。私たちの小さな行動でここの日本で、クリスチャンが評価されると考えながら、神様の御言葉への従順を実践すべきだと思います。


 Part 2.ナオミに従順したルツ

 17節をご覧ください。ボアズの配慮によってルツは落ち穂をいっぱい拾い集めることができました。拾い集めた大麦が一エパほどあったと書いてあります。一エパは約23リッタで、それは普通、一日、拾って集められる量ではありませんでした。一エパの大麦を持ってきたルツを見て、ナオミは一部始終を聞きました。ルツはしゅうとめに自分の働いてきた所のことを告げ、「きょう、私はボアズという名の人の所で働きました。」と言いました。ナオミはボアズが誰か、知っていました。「その方は私たちの近親者で、しかも買い戻しの権利のある私たちの親類のひとりです。」と言います。ナオミはボアズから希望を見たと思います。神様がルツを助ける人を送ってくださったと思ったかもしれません。

 ナオミはルツとボアズを繋がせる計画を立てます。3章1節をご覧ください。ナオミはルツを娘と呼んでいます。それほど、ルツを愛しました。娘の将来のために、娘ルツが身の落ち着く所を私が捜してあげなければならないのではないでしょうか、と言いました。ルツのために、身の落ち着く所、それをボアズでした。ボアズとルツを結婚させる計画でした。しかし、その計画はナオミが仲人になって、申し入れることではありません。4節をご覧ください。「あの方が寝るとき、その寝る所を見届けてからはいって行き、その足のところをまくって、そこに寝なさい。…。」これはとても恥ずかしいことです。女性が自分の体を男性に任すことです。自分の体で男性を誘惑することに違いありません。女性としてのプライドを投げすてることです。さらにもし断れたら、本当に絶壁で身を投げたくなるでしょう。しかし、ルツの答えは何ですか。5節をご覧ください。「私におっしゃることはみないたします。」


 ルツはナオミに従おうとしたとき、ナオミの言葉に絶対的に従おうと決めたようです。女性として恥ずかしくても、自分の顔が上げられなくなっても構わない、しゅうとめの言葉は絶対的に従順する、と決めたようです。 

 神様の御言葉に従うクリスチャンが持つべき姿勢もルツのような姿勢でなければならないと思います。人にはスタイルというものがあります。自分がほかのことは全部出来ても出来ないことが一つある、それは絶対にできないと言うことです。例えば、自分が暖かい所で住まなければならない、ですから寒い所か、熱い所へ宣教師として派遣されることがいやだとか、クリスチャンが迫害を受けている共産圏やモスレム国で宣教師として活動することが我慢できない、と言う人もいます。また人に声をかけて、さらに冷たい視線で断れることも避けたいと主張する人もいます。それで、伝導ではなく奉仕や慈善事業を行う人もいます。しかし、神様に従うものなら、神様の御言葉に絶対的に従順しなければなりません。神様から行けといわれたら、行かなければなりません。止めと言われたら、止めなければなりません。恥ずかしくなっても、それが常識外れでも、主の御志に従って行わなければなりません。それをルツがよく見せてくれました。ルツはしゅうとめ、ナオミに従って、ナオミがおっしゃることはみないたしました。ルツの従順こそが私たちが学んで、心を刻むべきことだと思います。


 Part 3.買い戻し

 8節をご覧ください。夜中になって、びっくりして起き直った時、なんと、ひとりの女が、自分の足のところに寝ていることにボアズは気づきました。「あなたはだれか。」と聞くボアズの言葉にルツが答えます。「私はあなたのはしためルツです。あなたのおおいを広げて、このはしためをおおってください。あなたは買い戻しの権利のある親類ですから。」買い戻しということはイスラエルにある独特な伝統です。買い戻しの者は、親族の中である者が貧しくて土地を売ったら、それを買い戻さなければなりません(レビ25:24、25)。また親族が奴隷として売られたら、それも買って、自由にさせなければなりません(レビ25:47-49)。親族が不当な害を受けた場合は、親族のために復讐しなければなりません。親族の男が子もいない状況で、死んだら自分がその親族のやもめと結婚して、子孫を残さなければなりません。でも買い戻し者になる資格もあって、親族でなければならないし、志願も必要です。さらにそれを果たす能力もなければなりません。

 ボアズはその要件を満たす人でした。エリメレクの親族で、ルツの夫に代わって、ルツと結婚して子孫を残す取り戻しの権利が彼にはありました。ルツの言葉を聞いたボアズは、自分が取り戻しの権利を行使すると約束しました。ルツを買い戻ししたボアズから私たちはキリストイエス様を見ることができます。私たちを取り戻した方はイエス様です。イエス様は私たちを罪から買って、自由にしてくださいました。その代価としてイエス様は自分の血を払いました。取り戻しの意味の中で、保護者という意味もあるから、イエス様はまた私たちの保護者にもなります。

 ボアズがルツの取り戻しの権利を行うことは、貧しく、悲しくやもめの身分から解放してくださること、またルツに身の落ち着く所を提供してくれることであり、これからルツの保護するという意味でした。


 自分の故郷を離れて、異邦の地で落ち穂を拾ったルツを神様は不思議な方法で導かれたのです。このことを見て、私たちも神様を信じなければならないと思います。神様は私たちを導いておられると言うことを信じなければならないと思います。またルツのように、自分に与えられた状況で最善を尽くす姿勢を持たなければならないと思います。すると、神様が必ず、善の道に導いてくださると信じます。私たちもルツのように言いましょう。イエス様の御前で出て、「私はあなたのはしためです。あなたのおおいを広げて、このはしためをおおってください。」、するとイエス様は「私があなたを買い戻します」、「私があなたの保護者になる」と答えてくれます。このイエス様を賛美します。



2010年ルツ記の第2講

御言葉:ルツ記2-3章

要 節:ルツ記3:13

買い戻す人


1.ボアズは誰ですか(1)。ルツが暮らしを立てた方法は何ですか(2)。ルツは誰の畑で落ち穂を拾い集めましたか(3)。ボアズは誰に関心を持ちましたか(4、5)。ルツはどれほど一所懸命に働きましたか(6、7)。ルツに対するボアズの配慮は何ですか(8、9)。ツルに対するボアズの評価と祝福は何ですか(10-13)。


2.ルツに対するボアズの好意は何ですか(14-16)。ナオミがルツから聞いたことは何ですか(17-19)。ナオミはボアズから何の希望を見ましたか(20)。ナオミがルツに与えた方向は何ですか(21-23)。


3.ナオミはツルのために何をやろうとしましたか(3:1)。ルツがナオミから貰った指示は何ですか(2-5)。ルツの反応は何ですか(6-8)。ルツの従順について考えてみましょう。


4.ボアズが起きた時、ルツは何を頼みましたか(9)。ルツに対してボアズが認めたことは何ですか(10、11)。ボアズは何を約束しましたか(12、13)。買い戻しについて話してみましょう(13)。


5.ボアズはルツの名誉をどういうに守ってくれましたか(14)。また何の助けを与えましたか(15)。ボアズに対するナオミの信頼について話してみましょう(16-18)。